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山口地方裁判所 昭和33年(行)8号 判決 1959年6月15日

原告 田中幸

被告 防府市長

主文

被告が原告に対し別紙目録記載の建物につき昭和三十三年八月二十六日付でなした除却命令を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、

請求の原因として、

(一)  被告は、昭和三十三年五月三十一日、防府市告示第二十三号第二十四号第二十五号をもつて新に市道として多多良千日町線を認定し、原告所有に係る別紙目録記載の建物(以下本件建物と略称する。)の敷地である防府市大字宮市四百四十七番地の一(以下本件土地と略称する。)を同線の道路区域として決定し、右決定の公示をなし、続いて供用開始の公示をも行なつた上、同年八月二十六日、原告に対し、原告が現在青果物販売店の商品陳列場として使用している本件建物を除却することを命令した。(以下本件除却命令と略称する。)しかしながら、本件除却命令は以下述べる理由により違法な行政処分であるから取消されるべきものである。

(二)  即ち、被告は、右道路区域決定の公示に際し、道路法第十八条、同法施行規則第二条に基づき一般の縦覧に供すべき道路区域の図面につき同規則第二条第二項所定の縮尺千分の一の図面を用いず縮尺一万分の一の図面を以て縦覧に供した違法があるから右公示は無効であり、従つて道路区域の決定も効力を生ずるに由ないものといわなければならない。さすれば本件土地が市道多多良千日町線の道路区域であることを前提とする本件除却命令は違法である。

(三)  又、原告は、同年七月二十八日、被告に対し、本件土地につき道路占用の許可を申請し、同年八月七日、右申請が不許可に付せられたので、同月十一日、被告に対し、不許可処分につき異議申立をなし、同月二十六日、異議申立を棄却する決定がなされたので、同月三十日、山口県知事に対し訴願を提起し、今尚訴願繋属中である。斯の如く原告の申請した道路占用に対する許否が最終的には未確定で未だ救済手続が進行中であるのに拘らずこれを無視して除却命令を発することは、法が行政処分について救済手続を認めた趣旨を没却せしめる結果を来すから違法な処分であると云わなければならない。

(四)  のみならず、原告は、昭和二十五年三月二十四日、本件土地を防府市に売渡したのであるが、その際防府市は原告に対し買収の交換条件として買収に附帯して原告方前を通ずる予定で当時未完成であつた同市の道路天神鞠生線中防府天満宮前から原告方前に至るまでの部分の工事が完成し使用し得る直前まで本件土地に本件建物を存置して使用することを認める特約をした。しかるに天神前鞠生線中右部分の工事は未だ未完成であるから本件除却命令は右特約に基づく原告の地位を奪うもので違法である。

(五)  そこで原告は、昭和三十三年八月三十日、被告に対し本件除却命令について異議申立をなし、同年九月十五日、異議申立が棄却されるや同月十九日、山田県知事に対し訴願を提起し本件除却命令の違法を主張して争つているが、被告は訴願に対する裁決を待たず除却命令に応ずるよう原告に戒告する等除却命令強行の意図を明かにしており、原告としては訴願に対する裁決を待つて本訴を提起したのでは回復し得ない損害を被る惧があるので裁決を待たず本訴を提起した次第であるのみならず、既に、訴願提起後三ケ月以上を経過したにも拘らず未だ裁決がなされていないからこの点からも本訴は適法である。

と述べ、被告の主張事実を否認した。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の申立として、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

その理由として、原告は訴願の裁決を待たずに本訴を提起したが訴願の裁決を経ないで訴を提記することについて正当な事由が存せず、且、本件除却命令は適法な処分で行政訴訟の対象となり得ないものであるから本訴は不適法な訴として却下さるべきであると述べ、

本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、

(一)  原告主張事実中、本件土地建物の所有並びに使用関係、市道多多良千日町線の認定から本訴提起に至るまでの間に被告が同線について行なつた一連の行政処分及びこれに対する原告の占用許可申請、不服申立に関する手続の経過及び防府市が昭和二十五年三月二十四日本件土地を買収した事実はこれを認めるけれどもその余の事実は否認する。

(二)  道路占用許可申請に対する不許可処分は行政庁の純然たる自由裁量行為に属し性質上異議訴願行政訴訟等の救済手続により争うことのできないものであるから、一旦不許可処分がなされた以上道路占用の不許可は確定したものと解され、不許可処分については救済手続が進行中であることは本件除却命令を違法ならしめる理由にはならない。

(三)  市道多多良千日町線の道路区域決定の公示に当り、被告は当該区域を明示する縮尺三千分の一及び六百分の一の図面を市役所に備えて一般の縦覧に供したのであるから道路法施行規則第二条第二項所定の要件に欠けることはなかつたと解すべきである。仮に右縮尺の図面の縦覧を以てしては同条同項所定の要件に合しないとしても、右規定は訓示規定に過ぎないから右縮尺違反のため公示が無効となるものではない。

(四)  防府市は、本件土地買収に際し原告に本件土地使用を認める特約をした事実はなく却つて原告の方こそ、本件土地売渡に際した防府市に対し何時でも工事に着工して異存がない旨を承諾しているのであるから被告が本件除却命令を発するのに何等の違法もない。

と述べた。

(立証省略)

理由

先ず被告の訴却下の申立について判断する。原告が昭和三十三年九月十九日、本件除却命令に対する異議申立を棄却する決定について訴願を申立て、右訴願に対する判決を経ず、且、未だ訴願提起後三ケ月を経ない同年十二月八日、本訴を提起したが、本訴提起後訴願に対する裁決がないままに右訴願提起後三ケ月の期間が経過したことは当事者間に争がないのであるから、仮に、本訴提起当時においては本訴が訴願の裁決を経ず訴願提起後三ケ月の期間を経過しないため違法であつたとしても右違法は既に治癒されたものと解すべきであるし、又、原告が一応具体的違法事由を挙げて行政処分の違法を主張する以上客観的な適法違法を問わず該処分の取消を求める利益があると解されるから、被告の訴却下の申立は理由がない。

よつて、以下、原告の請求の当否について判断する。原告が本件土地建物を所有し本件建物を青果物販売店の商品陳列場として使用していたが、昭和二十五年三月二十四日、本件土地を防府市に売却したこと及び被告が同三十三年五月三十一日、新に市道多多良千日町線を認定し、本件土地を同様の道路区域と決定してその公示をなし、供用開始の公示をも行つた上同年八月七日、原告の道路占用許可申請を不許可に付し、同月二十六日、原告に対し本件建物の除却を命令したことは当事者間に争がない。原告は、防府市が本件土地買収に際して原告の本件土地使用を認める特約をなした旨主張するからその当否について審按すると、成立に争のない甲第一、五号証、証人木村年一、同田中すゑよの各証言、原告田中幸本人尋問並びに当裁判所の検証の結果を綜合すれば、原告は、昭和二十五年初頃、当時防府市の用地係として道路用地買収の任に当つていた有吉角見から道路拡張のため本件土地を防府市に売渡されたい旨再三にわたつて交渉を受けていたが、原告としては本件土地上に原告の居住する本屋に接して差し掛けのバラツク(本件建物)を設け原告の営む青果物販売店の商品陳列場に使用して居り、若し、本件建物を除去すれば、本屋が既設の道路より著しく奥まつた所に位置している関係上商品の売行に甚大な影響を蒙る惧があつたため、容易に買収に応じないでいたところ、右有吉は、再三再四熱心に買収承諾方を懇請し、原告の申し出た条件を容れて、防府市としては原告が買収に応じてくれれば、当時未完成であつた天神前鞠生線の予定線中天神馬場より原告方前を通つて松崎小学校へ通ずる部分が完成するまで原告が本件土地に本件建物を存置して使用することを承諾する旨言明したので、原告は右口約を信頼した結果、防府市が天神前鞠生線中右部分の完成まで原告の本件土地使用を認めることを交換条件として本件土地の売渡を承諾し、茲に本件土地の売買並びにこれに附帯する土地使用を承認する特約が成立したこと、その後、原告は、従前どおり本件土地の使用を続け、防府市当局から格別異議苦情もないままに七年間を経過したが、昭和三十二年三月に至り防府新聞に原告の本件土地使用を非難する記事が掲載されるに及んで俄かに本件土地の明渡請求が開始されたこと、而して、天神前鞠生線中前記予定部分は未だ完成していないことを認めることができる。証人山田武雄の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証には何時にても着工相成り異存なきことなる記載が存するが、証人田中すゑよ、同木村年一、の各証言、原告田中本人尋問の結果によれば、同証は、右有吉が原告を前にして原告に代り原告の印鑑を押捺して作成したもので、原告は右書面の記載に目を通さず有吉の捺印するままに任せていたことが窺われるので、同証の存在は必ずしも本件土地の使用を承諾する前記特約の成立を否定する資料にはならない。証人山田武雄の証言によれば、本件土地買収当時、右有吉は防府市の用地係として用地買収の事務を担任していたことが認められるが、用地買収の交渉をするについては相手方の承諾を得るため交換条件として種々の附帯的取り定めをする必要を生じ、これらの附帯的取り定めについて事務遂行の権限を有しないときは買収交渉そのものの遂行も不可能に帰することは明かであり、本件土地買収について原告に本件土地使用を承諾する前記特約もまさに土地買収を成立させるに欠くべからざる交換条件として本件土地売買契約に附帯して締結され実質的にはこれと一体をなす関係に在ると認むべきであるから、右有吉が用地買収事務に関する権限を有する以上その一内容をなすと認められる前記特約締結についても当然に権限を有したものと認めるのが相当である。証人山田武雄は道路敷地の使用を認めることに関する事務権限は土木庶務係に属し有吉にその権限がなかつた旨の証言をしているが、同証人の証言する事務権限の分配は、本件で争われている如く土地使用を認めることが土地買収の交換条件として買収契約に附帯しこれと一体をなす場合をも律するものではないと認むべきであるから、右証言は前記認定を妨げる理由となり得ない、その他、以上の認定を左右する証拠はない。(本件土地使用を承諾することについて本件土地の管理者たる市長の明示の決裁若しくは承認の意思表示がなされたか否かは明かでないが、当該事項につき市長を補助して事実上事務を執行する権限を有する職員が市長の職務の補助執行としてなした行為は、それが市長の事前事後の一般的な指示承認を許さず個々の具体的な場合毎に市長の判断を仰ぐ必要のある重要事項に関するものでない限り、特に当該事務処理が市長の意思に反したと認むべき事情がない以上、市長の明示の決裁若しくは承認の意思表示の有無に拘らず市長の意思に基づいてなされたものと推定され、市のために効力を生ずると解すべきところ、本件土地使用を認める前記特約は一般的な市長の指示承認を許さぬ種類の事項とは認められず、且つ右特約締結後市当局が原告の本件土地使用に対し格別異議苦情を述べることもなく七年間を経過したことは前記認定のとおりであるから、前記特約は市長の行為として締結されたものと認むべく、防府市としては、有吉の口約したところに従い、原告に対し天神前鞠生線中前記予定部分の完成に至るまで本件土地に本件健物を存置して使用することを許容する義務を負担し、原告は、これに対応して本件土地を使用する権利を得たものと云うべきである。)而して道路法にいわゆる道路として成立するためには路線の認定、道路区域の決定がなされたのみでは足りず、道路区域として指定された部分が実際上一般交通の用に供する道としての構造形態を備え且、道路管理者において実際に当該土地を道路として取扱いその使用を開始する意思を明かにすること即ち供用開始の公示を経ることを要し、供用開始前は道路区域に決定された土地も道路予定地に過ぎないと解すべきである。されば、供用開始は当該土地を道路として成立させる効果を生ずる訳であるから、道路管理者としては、当該道路予定地が道路として使用に供することと相容れないような私権の対象となつている場合には、財産権保護の原則上権利の買収等の私法上の契約若しくは公用収用等の適法な手続により自ら該土地を使用できる支配権原を取得しない限り供用開始をなし得ず、これに反する供用開始は無効と解すべきである。現に私人の財産権の目的となつている土地をそのまま道路として成立させ財産権の行使を困難若しくは不能ならしめることは法律の規定に基づかずして私人の財産権を奪う結果となり到底容認できない。本件土地について原告は防府市との特約により防府市に対し天神前鞠生線中前記予定部分の完成までは本件建物を存置して使用する権利を有していたのであるから、被告としては、前記予定部分の完成しない以上現実に本件土地を使用する権原がなく、右完成を待たず供用開始をするためには原告と交渉して原告の使用終了について承諾を得る者の措置を取り自らの支配権原を取得しておくことが必要であつた訳である。然るに、甲第五号証、証人山田武雄、同田中すゑの各証言及び原告田中幸本人尋問の結果によれば、被告は何等斯る措置を取ることなく本件土地の支配権原を取得しないままに供用を開始したことが明かであるから、被告のなした供用開始並びにその公示は本件土地に関する限り無効であつて本件土地は未だ市道として成立せず市道の予定地に過ぎないと云うべきであり、且、右各証言及び原告田中幸本人尋問の結果によれば、本件除却命令当時においても被告は未だ右権原を取得していないことが明かであるから、本件土地については道路法第七十五条若しくは第九十一条第二項により除却命令を発することを得なかつたものと云わなければならない。然らば、本件除却命令は法律の根拠なくして発せられた違法の処分として取消を免れないものと云うべく、他の争点につき判断するまでもなく原告の請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用は民事訴訟法第八十九条により被告の負担と定め、主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川四海 五十部一夫 高橋正之)

(別紙目録省略)

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